人々の歩み

失意のアメリカ写真の父

第一章 1839-1845 ⑥

モールスとドレーパーのパートナーシップの終わり

ウォルコットとジョンソンが世界初のダゲリアン・パーラーをニューヨークに開いた1840年の夏、ニューヨーク大学はドレーパーのポートレイト実験の成功を受けて、大学の最上階を増設しガラス張りのダゲレオタイプ用の研究室を作りました。そして、ドレーパーはそれまでモールスとダゲレオタイプに関する共同研究を行ってきましたが、この研究室が作られて以降、そのパートナーシップを長く続けることはありませんでした。ドレーパーは化学の視座に立っていたために、モールスのようにポートレイトやダゲレオタイプの撮影そのものを極めるよりは、化学、光学が像の再現性についてどのような影響を及ぼすか化学的実験を元に理論を構築しようとしていたため、歩く道が違った、と言うこともできるでしょう。

最先端の化学者を支え続けたモールスの知識

ドレーパーとその理論を化学的に対等に語り合える相手は、この段階では海を越えたイギリスのハーシェルしか見当らないほどに彼は優れ、先を進んでいました。最先端を行く化学者の孤独がそこにはあります。しかし、モールスにはそれがどこか割り切れない部分がありました。

ダゲールのダゲレオタイプ・プロセスを公開前に見せてくれるよう手配し、彼に誰より早く接見したのはモールスでした。そして、この接見の際の112ページに渡るメモはニューヨークに帰国後、同じ研究室仲間のドレーパーには見せたはずですし、ドレーパーの問いにも率直に答えたでしょう。ダゲールがポートレイトの撮影について成功していないことを口惜しがって手紙にまでしたためたモールスが、なぜポートレイトの撮影が困難なのかを、フランスから帰国後、 同じ研究室仲間で2年前から像の定着を研究していたドレーパーに尋ねないと見るほうが不自然です。

ドレーパーは1837年から着手した像を定着するための自身の理論と、モールスの112ペー ジのメモを摺り合わせながら化学者らしい集中力と好奇心を発揮し、次々に化学的な立証の準備を進め、ダゲレオタイプ・プロセスがニューヨークで公開された段階では、その理論のドラフトはほぼ完璧で、ほかの誰より一歩も二歩も先に進んでいたと言っていいでしょう。ドレーパーは極めて早い段階で核心を突く推論を化学的に立証したわけですが、そこにモールスの存在があったことは十分に想像がつきます。

成功の影となってしまったモールス

モールスには、ダゲール本人の目の前でその発明を図解でノート一冊丸写しにする人間的な大らかさがあり、ドレーパーには研究以外目に入らない探究心があります。結果、幸か不幸かこの組み合わせは、モールスから見ればドレーパーの一人勝ちとなったのです。ダゲレオタイプ・プロセス理論の構築、それに対する世間の賞賛。ニューヨーク大学最上階の否が応でも目に入るガラス張りの研究室は、まるでドレーパーの成功の象徴のように輝いていました。ですからこの時期のモールスの落胆ぶりは著しいものがありました。

そのモールスを慰めるように、彼の二人の兄弟はモールスのダゲレオタイピストとしての第一歩を記念して、NassausとBeekmanの角にガラス屋根のビルを新築します。しかし、これがどれほど失意のどん底にいたモールスの力になり得たかは理解できません。なぜならモールスは絵画についてはすでにあきらめていましたが、それはすなわち、金銭的なサポートがない、ということも意味していました。彼の絵画クラスの生徒は極端に少なく、テレグラフは好調でしたが頻繁に改良していたにもかかわらず大学からの研究費は微々たるものでした。コングレス図書館の資料によれば、1841年1月28日付けのフランスから支払われたモールスのダゲレオタイプに対する代金はわずか$320.65で、さらにはダゲレオタイプのレッスンは一人につき25ドルから40ドルでしたから、焼け石に水のようなものでした。

“写真の父”としての功績

しかし、モールスの苦渋のこの思いとは裏腹に、彼は多数の優秀なダゲレオタイピストを輩出することになるのです。そして、それは何も過大評価ではありませんでした。後に写真資材商アンソニー商会(E.Anthony and Company)を作ったアンソニー(Edward Anthony)、「ジャーナリズムの父」と呼ばれることになるニューヨークのブレディー(Mattew.B.Brady)、フィラデルフィアのブラッドベント(Samuel Bradbent)、アラバマのバーナード(F.A.Barnard)、ボストンのサウスワース(Albert S. Southworth)、レキシントンのクリッドランド(T.W. Cridland)など、初期のダゲレオタイピストたちは当時、教授であったモールスに学び、アメリカの主要都市で活躍しました。モールスのその真摯な姿勢は学生たちから尊敬を集め、モールスはこうして「アメリカ写真の父」と呼ばれるようになったのです。

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