人々の歩み

アンブロタイプの終りに

第四章 アンブロ期 ④

大型ポートレイトの登場

1857年のハーパース・ウイークリーには「ライフサイズ・ポートレイト(実寸大のポートレイト)の登場は肖像画家たちの命を奪うことはないだろうが、そのメソッドの改良を強いることになるだろう。なぜなら、旧態依然とした肖像画のメソッドは、もはや写真の前に完全に機能しなくなってしまったからである」と、ライフサイズ・ポートレイトへの賞賛が掲載され、伴って、フランスのマンモスサイズと呼ぶに匹敵する大型カメラがアメリカでも紹介され始めます。

ニューヨークのチャールス・ミードは1855年春、パリのThomson(オーナーのMr.Thomsonはアメリカ人)を訪れた時に見た大型カメラについて「レンズは、長さ3フィート(91.44センチ)、直径13インチ(33.02センチ)、カメラボックスは12フィート(365.76センチ)、ちょうどBellows Boxesのような作りで、床の上をレールに乗せて動かすことができる」と伝え、紹介しています。

レタッチ必須のライフサイズ・ポートレイト

このようなマンモスサイズのカメラでさらに湿板ネガを使用するのは至難の業で、撮影を完了するのに数時間かかれば効率がいい方で、天候によっては二日以上かかることも珍しいことではなく、長時間の露光と不安定な材料のため失敗することが多々ありました。そのため、マンモスサイズのカメラで撮影するということは、その失敗を補正するために水性、油性、あるいはパステルのインディアインクでレタッチを行なうことが前提のようなものでした。

当時、この大型ポートレイトがライフサイズ・ポートレイトと呼ばれたのは何も大げさな表現ではなく、例えば、ブレディのライフサイズ・ポートレイトの場合、そのサイズが5フィート×7フィート(152.4センチ×213.26センチ)あったのですから、確かに人物を原寸で撮影していたのです。この大きさに見合って、価格は一点あたり$750、現代の米ドルで$19206、日本円にして約155万という、当時にしては破格の値段がついていました。

そして、ブレディがライフサイズ・ポートレイトで最も賞賛を得たのは1858年秋にアトランティック・ケーブル()の式典のためにブロードウェーにディスプレイしたもので、600本のロウソクを背後に置き像を浮かびあがらせた、50×20フィートのポートレイトという巨大なものでした。しかし、このライフサイズ・ポートレイトには、過度なレタッチのためにそのままの姿に反する、というクリティカルな評価もありました。なにせ冴えない老人が、まるで紳士のような仕上がりになるのですから。

それでも必要とされるダゲレオタイプ

そして、写真がどんどん大型化する一方で、ダゲレオタイプはその主流から外れることになりましたが、それでも、1860年代の終りまで作られています。当時の記述に、「Mr.Whippleは現在でも紙写真より多くのダゲレオタイプを写している」「Bogardus、Anson、Gurney、WilliumsonなどNYのオペレーターは多くのダゲレオタイプを未だ写している」とあります。NYのオペレーターたちの顧客は、ファーストクラス・ピープルと呼ばれる裕福層でしたが、彼らが紙印画が発達してもなお、だからこそ銀盤を使用した高価なダゲレオタイプに写りたがったのは、一般の人種とは異なる、という彼らの自尊心を大いにくすぐったためです。

*アトランティック・ケーブル

大西洋横断電信ケーブル(たいせいようおうだんでんしんケーブル)とは、大西洋を通る電信用の海底ケーブルである。


最初のケーブルは1858年、大英帝国のヴァレンティア島(現在のアイルランド領)とアメリカのニューファンドランド島(現在のカナダ領)の間に敷設され、実用可能な最初のケーブルは1866年に敷設された。1830年代の後半、英国のウィリアム・クックとチャールズ・ホイートストン、アメリカのサミュエル・モールスらにより、電信が実用化された。やがて電信はモールス信号を用いた通信が一般的になり、1840年代にはヨーロッパやアメリカで陸上の電信網が急速に普及していった。


これに対し海底の電信は、電線を覆う絶縁物質に適した材料を選び出す必要があったので、陸路に比べて敷設が遅れていた。しかし、マレー半島の樹木から採れるガタパーチャと呼ばれる樹液が使用できるということが分かり、海底ケーブル敷設の道は開けた。


初の海底ケーブルは、1850年、ブレット兄弟(兄John Watkins Brett、弟Jacob W. Brett)によりドーバー海峡に敷かれた。このケーブルは不慮の事故により翌日切断されたが、翌1851年に再び敷設され、英国とフランスをケーブルで結ぶことに成功した。


この成功によって海底ケーブルはブームとなり、英国からアイルランド、ベルギー、オランダへのルート、そして地中海、黒海など、1855年の時点で25本の海底ケーブルが敷かれた。しかしこの時点で大西洋にはまだケーブルが敷設されておらず、情報伝達は未だに蒸気船に頼っていた。

(Wikiより)

img_studies_people25_01.jpg1856年当時の海底ケーブル

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写真:安友志乃

安友志乃 Shino Yasutomo

文筆家。著書に「撮る人へ」「写真家へ」「あなたの写真を拝見します」(窓社刊)、「写真のはじまり物語 ダゲレオ・アンブロ・ティンタイプ」(雷鳥社刊)がある。アメリカ在住。

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