2021年10月21日
南雲暁彦
凸版印刷 ビジュアルクリエイティブ部
チーフフォトグラファー
1970年神奈川県生まれ。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。世界約300都市以上での撮影実績を持つ。日本広告写真家協会(APA)会員。多摩美術大学、長岡造形大学非常勤講師。
0.6s f2.8 ISO100
撮影協力:深堀雄介 / 一山菜菜海(THS)
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僕は今、本格的に写真を取り組むために、初めてカメラを買いたいという人には光学式ファインダーを搭載した一眼レフカメラを勧めている。それはレンズが通してきた本物の光を直に見てその感動をダイレクトに撮影して欲しいし、それが写真を味わう基本だと思うからだ。
写真は光を時間で切り取って一枚の光画に仕上げていく作業だ。光をどう見るか、どう感動するか、どう作り上げるかが基本になる。光学ファインダーはそのために必要な眼だ。ミラーレスカメラを使うのは光を見る目を養ったその後の方がいいだろう。
この作品はHasselblad 503CWの光学ファインダーに映ったCONTAX RTSをCanon EOS-1D X Mark IIIで撮影した物だ。逆像になっているのがなんとも懐かしいが、この様な光の特性を理解できるのも電子デバイスを介さない光学ファインダーのなせる技と言えよう。
ライティング図
【使用機材】
カメラ&レンズ
Canon EOS-1D X Mark III
[1]
Canon TS-E90mm F2.8L マクロ
[1]
Hasselblad 503CW
[2]
Hasselblad Makro-Planar CFE120mm F4 T*
[2]
ライト
COMET CX-25IIIヘッド
[3][4][5]
COMET グリッドスポット(L)
[3][4][5]
ジェネレーター
COMET CX-244 III
撮影の流れ
今回のビジュアルをどのように撮影したのか順を追って説明していく。
前述のライティング図と合わせて見ていこう。
1. 使用したカメラ
Hasselblad 503CW + Makro-Planar CFE120mm F4 T*
Canon EOS-1D X Mark III + TS-E90mm F2.8L マクロ
表現したかったのはファインダースクリーンに映し出された滲むような光、レンズが結像した被写体が放つ光そのものの雰囲気である。カメラとファインダーを同時に表現できる被写体としてHasselblad 503CWを選択。またそのレンズの先にはCONTAX RTSを設置した。
なんともノスタルジックな、と思うかもしれないがこれを最終的に撮影するのは一眼レフカメラの現行機Canon EOS-1D X Mark IIIである。この503CWのファインダーが液晶だとしたら、モアレから逃げるのに大変だっただろうし、雰囲気など特にないザラザラと劣化した情報が映し出されるだけである。
2. ライティングとセットの構築
セット全体の様子
カメラ3台の位置関係
RTSと503CWを同軸にセット。RTSのファインダーからレンズを通ってくる光を503CWのファインダーで捉える。プラナーからの光をプラナーで受け取るのだ。そして90度上に反射したHasselbladのファインダーを1D X Mark IIIの光学ファインダーで捉える。これだけでもやっていて面白いし、なかなか難しい。
ライティングは三方をユポで囲み、ディフューズした柔らかい光で503CWのボディと背景の生地のトーンを作る。カメラ前の1灯はRTSのファインダーに芯を合わせる。あくまでファインダーの中の光が主要被写体だ。この柔らかい光の雰囲気のまま撮りたかったのでモデリングランプで撮影した。
バリエーション
セットやライティングを活かして別パターンの撮影。
アレンジアイデアのひとつとしてチェックしておこう。
1/125s f2.8 ISO160
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Hasselbladはレンズシャッターで、最速1/500秒までストロボがシンクロする。「良くモデル撮影に使ったなあ」などと思い出しつつ、この連載を一緒に始めるスタッフをファインダーに収めてバリエーションを撮影。このウエストレベルファインダーは写真を撮る行為を特別にしてくれる。久々の左右逆像が逆に新鮮に感じて面白く、難しい。プロが使うのだから、それを使いこなすことはサラッとやってのけ「欲しいのは利便性ではなく創造性なのだよ」ぐらいに言えるとかっこいい。
実際に撮影しているのは真上にセッティングされている1D X Mark IIIであり、人物撮影なので、ストロボを使用した。また、RTSのファインダーに向けていたライトを人物に向けてライティングし直している。
年代も性別も違う3人がスクエアの光学ファインダーに収まり、各々違う感想を持つ。なんとも雰囲気のある写真になったのではないだろうか。
現行の一眼レフカメラ
現在発売されている一眼レフカメラの中からこれぞというものを4つ紹介する。
特筆すべき魅力をスペックと合わせてまとめてみた。
Canon EOS-1D X Mark III
主なスペック
対応マウント:EFマウント/撮像素子:35.9×23.9mmCMOSセンサー/有効画素数:約2,010万画素/感度:ISO100〜102400(拡張:50〜819200)/AF:デュアルピクセル CMOS AF方式、ワンショットAF、サーボAF/連写:最高約16コマ/秒(ファインダー撮影時)、最高約20コマ/秒(ライブビュー撮影時)/外寸:約158×167.6×82.6mm/質量:約1,250g(本体のみ)
詳細スペック:cweb.canon.jp/eos/
アイポイントの⻑さ、歪みの少なさ、倍率、明るさ、どれをとっても素晴らしいファインダーだ。どうやらミラーボックスやプリズム、ファインダーなど、一連の光学パーツの組み付け精度、強度は下位機種と比べると別物らしい。
まさに35mm一眼レフカメラの最終進化系と呼べる。Nikon D6と並んでその完成度はずば抜けている。
leica ライカ S3
主なスペック
対応マウント:Sマウント/撮像素子:45×30mmCMOSセンサー(ライカ プロフォーマット)/有効画素数:約6,400万画素/感度:ISO100〜50000/AF:シングルAF(フォーカス優先)、コンティニュアスAF(動体予測)/連写:最高約3コマ/秒/外寸:160×80×120mm/質量:1,260g(本体のみ)
詳細スペック:jp.leica-camera.com
このボディの大きさに、巨大なミラーとプリズムが入っていることに驚く。倍率0.87を誇るファインダーは、覗いていてフォーマットが違うカメラを使っているのを強く感じる。標準レンズが70mmとなり、その分35mmフォーマットとはパースも違ってくるのだが、それをそのまま光学ファインダーで見られるのは嬉しい。
PENTAX K-3 Mark III
主なスペック
対応マウント:Kマウント/撮像素子:23.3×15.5mmCMOSセンサー/有効画素数:約2,573万画素/感度:ISO100〜1600000/AF:TTL位相差検出式、シングルAF、コンティニュアスAF/連写:最高約12コマ/秒/外寸:約134.5×103.5×73.5mm/質量:約735g(本体のみ)
詳細スペック:ricoh-imaging.co.jp/japan/
日本で一番最初に一眼レフカメラを作ったPENTAXから、今年4月に新たに発売されたモデル。視野率100%、倍率1.05(35mmフルサイズ換算で約0.7)のファインダーは立派だ。
APS-C機の光学ファインダーを使う上でいつも気になっていたファインダーの小ささが払拭されている。これなら存分に一眼レフの世界を堪能できるだろう。
Hasselblad H6X
主なスペック
対応マウント:Hマウント/対応レンズ:HCD 24mm、HCD 28mm、HCD 35-90mmレンズ/ストロボ同調速度:最高1/800 秒/AF:画像全域に精度の高いフォーカシングを実現するTrue Focus機能/ファインダー:36×48mmセンサーサイズに最適化されたHVD90x ビューファインダー
詳細スペック:hasselblad.com/ja-jp/
非常にHasselbladらしいユニークな一眼レフカメラボディだ。様々なタイプのバックを装着可能なユニバーサルブリッジという形式を持ち、Phase OneやLeafとの互換性もある。驚くのはフィルムマガジンも装着可能ということだが、これはひとえに光学フィンダーを採用したからに他ならない。こういう自由度は素晴らしいと思う。
今最も完成され、充実したカメラシステム
一眼レフカメラというのはシャッターを切る時のリアリズムや、写真撮影の自由を求めて開発されてきたものだと思っている。レンズが見た光を可能な限りリアルな状態で目に届けるためのファインダーにこだわり、圧倒的なバリエーションの交換レンズ群がフォトグラファーに写真表現の自由を提供してきた。その他アクセサリーを含めた各メーカーのシステムマップは、まるで曼陀羅のようにその世界観を表すに至った。
デジタル化に至ってもその主軸を一眼レフカメラが握り続けるのはこのシステムが持つあらゆる撮影への対応力と、泣き所だった解像度をセンサー技術の進化により補ったためだ。もちろんレンズもこの中で進化していった。
特にNikonとCanonは圧倒的で、交換レンズは100本を超えるラインナップを誇る。なにせ様々なレンズを使い、レンズを通してその光を直に見ることができるのは大きい。それは歌声を肉声で聞いているようなものだと思うし、その感動を画像に変換するのがフォトグラファーの仕事だと思うからだ。
では良いことばかりなのかというと、実際良いことばかりなのではないかと思う。バッテリーの持ちは良いし、ファインダーにタイムラグは無いし、レリーズタイムラグも少ない。ストロボ使用時もミラーレスカメラのように露出シミュレーションをオフにしないとダメだとか、ホワイトバランスがコロコロ変わって見づらいとか、そういうこともない。
重箱の隅を突くとすれば、フランジバックが⻑いため、レンズ設計の制約が出たり、ミラー切れが起こったりする。当然ミラーやプリズムがある分重いし、生産コストがそこに割かれるなど。下位機種だとプリズム代わりにダハミラーが使われていたり、ファインダー倍率や視野率が低かったりと一眼レフカメラの良さを享受できないものもある。また、明るさを重視し過ぎたファインダースクリーンを搭載してしまったがゆえに、レンズのボケをリアルに見られなくなってしまっているものもある。
この辺がミラーレス化によってどう変わっていったかは次回に持ち越すとして、嘆くべきはミラーレス化への流れの中でおそらく進化が止まってしまうであろうことだ。進化の余地がなくなったとの解釈もあるが、何が進化なのか、が本当は問題だ。
一眼レフカメラに対して僕が思うことをまとめよう。それは人が使う道具として、カメラを通じて「感覚」として得られる情報が多いシステムだ、ということだ。
目に対しては完全な連続階調の光学式ファインダー、耳に対しては心地良いシャッター音。掌に伝わるその微振動、人の感覚で計り知れる連写のタイミング。タイムラグのないファインダーとシャッターボタンを押すことで機械的に作動するシャッターは、フォトグラファーとカメラの間に人馬一体感をもたらすと感じる。目と耳と掌を通して、撮影に心地良いリズムを生むのだ。車で例えれば、速いだけではなくドライビングが楽しい車。服で例えるなら機能的なだけではなく着心地が良い服。楽器で例えれば弾いていて悦に入れる楽器。という感覚に近い。これは 35mmに限らず、上記のLeicaもHasselbladにも同じような感覚がある。
被写体を感覚で捉え、撮影に人馬一体感を得られるシステム、それが一眼レフの存在意義だ。
※この記事はコマーシャル・フォト2021年10月号から転載しています。
関連書籍1
当連載を一冊にまとめた「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」。カメラ篇・被写体篇・レンズ篇の3部構成で、15点の作品を解説と合わせて掲載。また、コラム「ブツ撮りエフェクトアイデア」では、被写体を際立たせるために施す7つのアイデアを用いた作品も掲載。フォトグラファーはもちろん、写真を扱う全てのクリエイターにとって、ビジュアル設計の引き出しを増やすための助けとなる1冊。
価格は2,300円+税。
関連書籍2
筆者・南雲暁彦氏の著作「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意」。格好良い、美しい、面白いブツ撮影の世界をコンセプトに、広告撮影のプロによる、被写体の魅力を引き出すライティングテクニックや、画作りのアイデアが盛りだくさんの内容となっている。
価格は2,300円+税。
- Vol.15 ─ Beautiful World ─ 「Sony FE 12-24mm F2.8 GM」
- Vol.14 ─ Phantom Shooter ─ 「SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG DN OS | Sports + TELE CONVERTER TC-2011」
- Vol.13 ─ The New Standard ─ 「Canon RF100mm F2.8 L MACRO IS USM」
- Vol.12 ─ The Nocturne(夜想曲) ─ 「Nikon NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」
- Vol.11 ─ Drawing highlight ─ 「Leica Noctilux-M 75mm f/1.25 ASPH.」
- Vol.10 美しき境界線
- Vol.9 存在が放つ光
- Vol.8 黒い世界
- Vol.7 白い世界
- Vol.6 自然のフォルムと黄金比率の真実
- Vol.5 レンジファインダーカメラを知っているか
- Vol.4 プロも無視できないiPhone撮影の実力
- Vol.3 ラージフォーマットの限定解除された表現力
- Vol.2 ミラーレスカメラの可能性
- Vol.1 一眼レフカメラの存在意義