2022年01月14日
南雲暁彦
凸版印刷 ビジュアルクリエイティブ部
チーフフォトグラファー
1970年神奈川県生まれ。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。世界約300都市以上での撮影実績を持つ。日本広告写真家協会(APA)会員。多摩美術大学、長岡造形大学非常勤講師。
1/100s f18 ISO100
撮影協力:深堀雄介
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大きな撮像面がもたらすものはズバリ「高画質」だ。しかし、それは既に35mmフルサイズでも十二分に達成していると言っても良いだろう。ではなぜこのような大きく重いシステムが存在するのだろうか。言ってしまえば必要以上の高画質を持ち、それを達成するためにかなりの高価格帯に生息するカメラだ。
そこで僕の頭にふっと浮かんだのはハーレーの巨大なエンジンだった。オートバイで移動するだけなら250ccもあれば充分。750ccもあれば手に負えないほどのパワーが出るが1400ccを超えるエンジンを搭載した巨大で重いマシンがバイクのひとつの頂点として君臨している。この巨大なハーレーダビッドソンFXDLの1450ccエンジンをラージフォーマットの中でも最高画素数を誇るフェーズワンのIQ4 150M (1億5,000万画素)で撮影しながら、両者のもつ魅力や表現力を探る。キーワードは“限定解除”だ。
ライティング図
【使用機材】
カメラ&レンズ
Phase One XF IQ4 150MP
[1]
Phase One Schneider Kreuznach 150mm LS F2.8 Blue Ring
[1]
ライト
COMET CX-25IIIヘッド
[2]
ジェネレーター
COMET CBb-24X
撮影の流れ
今回のビジュアルをどのように撮影したのか順を追って説明していく。
前述のライティング図と合わせて見ていこう。
1. 使用した機材
Phase One XF IQ4 150MP+Schneider Kreuznach 150mm LS F2.8 Blue Ring
FOBA 大型カメラスタンド
被写体のハーレーは新車ではなく大切に使い込まれた2004年式の車体を用意した。IQ4の1億5,000万画素で写すにあたり、新車のつるんとしたサーフェースではなく歴史と共に車体に刻まれたディテールが欲しかったからだ。巨大なエンジンと正対し、150mmでパースを抑えた迫力のある画像を狙う。IQ4を装着したカメラ部分XFには振動計が内蔵されており、150Mの撮影がごく小さな揺れ、ブレも許さないことを示唆している。カメラもレンズもかなりの重量なのでFOBAの大型カメラスタンドに乗せ、振動が収まってからシャッターが切れるモードを使用した。ストロボでの撮影だったが、念には念をである。
2. ライティングとセットの構築
セット全体の様子
トレペとアートレの隙間からカメラを出す
最近では珍しい剥き出しでその存在を主張するエンジンである。金属ボディに横置き空冷Vツインじゃないとこの撮影はダメなのだ。シンプルにその迫力を表現するために巨大なディフューザー(トレペ)を車体左に配置。そこからストロボを一発というシンプルなライティングで撮影した。映り込みをコントロールするためにカメラのすぐ右側にもアートレをたらしてその隙間からカメラを出して撮影する。
ガソリンタンクから後方のシリンダーヘッド、エキゾーストパイプへと光が入り大きくS字を作り出す。ライトを増やしてしまうとシャドー部が減りメタリック感も迫力もなくなっていく。
バリエーション
セットやライティングを活かして別パターンの撮影。
アレンジアイデアのひとつとしてチェックしておこう。
1/100s f22 ISO100
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メインカットではエンジンに正対し、鈍く光る金属の重厚感を狙ったが、ここではカメラを右に移動し、反射角をディフューザー面に持っていった。これにより光沢のある金属部分はより明るくなりギラッとしたメタリックな表情を作ることができる。
基本的にライトは左からディフューザー越しのストロボ一発としているが、逆光気味になるため、ちょっとした位置のズレでこのメタリック感が変わってくる。位置、距離は慎重にコントロールしたい。
しかしこのラージフォーマット1億5,000万画素は恐ろしく被写界深度が浅い。F22まで絞っても35mmフルサイズのF5.6ぐらいの感覚である。レンズも4×5の大判レンズのようにF64まで絞りがあるわけでもない(あっても回折現象で相当画質は劣化するだろうが)。しかし逆にそれが人間の目に近い空気感を含んだ表現になっている。
現行のラージフォーマットカメラ
現行のラージフォーマットカメラの中からこれぞというものを4つ紹介する。
特筆すべき魅力をスペックと合わせてまとめてみた。
Phase One XF IQ4 150MP
主なスペック
対応マウント:対応レンズ:XFカメラシステム/撮像素子:53.4×40mm裏面照射型CMOSセンサー/有効画素数:1億5,100万画素/感度:ISO50~25600/外寸:152×135×160mm/質量1,890g
詳細スペック:photography.phaseone.com
昔よくあったブローニータイプ一眼レフのような佇まいで、実は超ド級ハイエンド機である。150MPデジタルバック+震度計を備えた一眼レフXFのコンビネーションは超高画素撮影にストレスを感じさせない。ここまでリアルな写りをするカメラだと、逆にこの光学ファインダーがしっくりくる。被写界深度の浅さと、豊かな表現力には驚愕である。
Hasselblad H6D-100c
主なスペック
対応マウント:Hマウント/撮像素子:53.4×40mmCMOSセンサー/有効画素数:1億画素/感度:ISO64~12800/AF:画像全域に精度の高いフォーカシングを実現するTrue Focus機能/外寸:153×131×205mm(HC 80mmレンズ付きカメラ一式)/質量:2,130g(レンズ、バッテリー、SDカード含む)
詳細スペック:hasselblad.com/ja-jp/
Hシリーズも6代目となりその進化と共に1億画素を手に入れた。Phese Oneと並び大型のセンサーを搭載するハイエンドの一角である。そのユーザビリティーは高い。ハッセルはシステマチックにラインナップを展開しており、マルチショット機やVシステムなどバリエーションも豊富。この辺は老舗のレガシーをうまく使っているなと思う。
Leica S3
主なスペック
対応マウント:Sマウント/撮像素子:45×30mmCMOSセンサー(ライカ プロフォーマット)/有効画素数:約6,400万画素/感度:ISO100~50000/AF:シングルAF(フォーカス優先)、コンティニュアスAF(動体予測)/連写:最高約3コマ/秒/外寸:160×120×80mm/質量:1,260g(本体のみ)
詳細スペック:jp.leica-camera.com
コンパクト、APS-C、35mmフルサイズ、ラージフォーマット(ライカはミドルフォーマットと呼称している)と全てのサイズを網羅しているのは実はライカだけだったりする。S3もライカらしく、ごくシンプルで使い方に迷わない操作性の良さと素直な描写には好感が持てる。その気になれば手持ちでいけるライカの旗艦である。
富士フイルム GFX100S
主なスペック
対応マウント:Gマウント/撮像素子:43.8×32.9mmベイヤーCMOSセンサー/有効画素数:約1億200万画素/感度:ISO50~102400/AF:インテリジェントハイブリッドAF/連写:最高約5.0コマ/秒/外寸:150×104.2×87.2mm/質量:約900g(バッテリー、SDカード含む)
詳細スペック:fujifilm-x.com/ja-jp
国産ラージフォーマットの雄。PhaseOneのXFが震度計を備えているのに対して、こちらはアクティブに手振れ補正を行なうあたり、その性格に違いを感じる。顔検出・瞳AFまでやってのけ動画まで撮れてしまう。35mmフルサイズのハイエンド機とほぼ同じボディサイズながらラージフォーマット1億画素を自在に操るという他に類を見ない機動力。
手に負えない領域が人に魅力をもたらす
ラージフォーマット(大判)とはそもそも4×5のシートフィルムを使用するカメラのことだったが、今のカメラ業界では35mmフルサイズセンサーより大きなサイズを持つカメラをラージフォーマットと呼ぶ。そんな時代である。
センサーサイズは大きく分けて35mmフルサイズの約1.7倍の大きさを持つ43.8×32.9mmと、約2.5倍の53.4×40.0mmという2サイズが存在する。通称「44.33」と呼ばれる1.7倍のセンサーですら35mmフルサイズをAPS-C扱いできてしまいそうな大きさを持っているわけで、2.5倍のセンサーだと完全にその差を超えてしまう。そう考えるとこのラージフォーマットの迫力は想像しやすいだろう(35mmフルサイズはAPS-Cの2.36倍の面積)。
さて、こんな大きなセンサーの1億5,000万画素が撮影に必要か、と言われたらほとんどの場合そうではないかもしれない。では、ハーレーダビッドソンのバイクは必要か、と言われたら「そんな質問を受ける次元には無い」という答えが返ってくるだろう。
今回この巨大なエンジンをIQ4で撮影していて感じたことは、明らかに被写体も使っているカメラも“限定解除”されたスケールを持っているということだ。それは人を魅了する類のもので、「エベレストは高いから」、「アマゾン河は長いから」といったものに近い。
もっと撮影的にリアルな話をしよう。やはり35mmフルサイズを基準に考えるのが良いだろう。ラージフォーマットの標準レンズは50mmではなく80mmがラインナップされる。パースと被写界深度が違うのである。50mmは標準レンズとしては少しパースが強いといつも思っているが、80mmではそれが程よく緩和され被写体は素直なフォルムになる。また35mmフルサイズはAPS-Cと比べてボケが大きく、空気感が出ると言われるが、その2.5倍もの面積を持つIQ4のセンサーではさらに遥か上をいく空間表現が可能なわけだ。パースが減って一歩前に出て来たような被写体がファインダーを埋め、それを1億5,000万画素の解像度と15F-stopsのダイナミックレンジで表現する。
前述の通り、近接撮影で深い被写界深度を作るのは苦手だが(アプリを使用したスタックで対応可能)、それが写真的なあざとさを減らし、人の目に近い空間認識を彷彿とさせるような写真を作り出した。フィンの間に詰まった空気や排気管の中まで想像できるだろう。
画面全体の作り出す絵のリアリティが段違いなのである。とてもじゃないが雑誌の片面で表現できる代物ではない。エベレストもアマゾン河もハーレーも簡単に人の手で転がせるものではないように、この写真は普通の印刷ではポテンシャルを持て余してしまうものなのだ。
この絵作りに慣れてしまうと危ない 。4×5のフィルムを毎日見ていた頃、それが当たり前になり35mmの写真がどうもチャチに見えていたあの感覚が戻ってきそうだと思った。
必要か、と言われたらやはり必要ではないかもしれない。ただそこに写真表現のひとつの頂として、大河として、ハーレーとして、存在する意義は大きく、失ってはならない物だと感じた。
※この記事はコマーシャル・フォト2021年12月号から転載しています。
関連書籍1
当連載を一冊にまとめた「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」。カメラ篇・被写体篇・レンズ篇の3部構成で、15点の作品を解説と合わせて掲載。また、コラム「ブツ撮りエフェクトアイデア」では、被写体を際立たせるために施す7つのアイデアを用いた作品も掲載。フォトグラファーはもちろん、写真を扱う全てのクリエイターにとって、ビジュアル設計の引き出しを増やすための助けとなる1冊。
価格は2,300円+税。
関連書籍2
筆者・南雲暁彦氏の著作「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意」。格好良い、美しい、面白いブツ撮影の世界をコンセプトに、広告撮影のプロによる、被写体の魅力を引き出すライティングテクニックや、画作りのアイデアが盛りだくさんの内容となっている。
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