2022年07月07日
南雲暁彦
凸版印刷 クリエティブコーディネート企画部
チーフフォトグラファー
1970年神奈川県生まれ。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。世界約300都市以上での撮影実績を持つ。日本広告写真家協会(APA)会員。多摩美術大学、長岡造形大学非常勤講師。
3s f14 ISO100
撮影協力:深堀雄介
スタイリング:鈴木俊哉(BOOK.INC)
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黒というのは光として認識できるものではない、反射率0、全ての光を吸収する、色彩を持たない色である。黒の魅力は様々なところで語られているが、ここでは写真的に光で黒を表現、考察していく。黒で統一した世界を作る理由は前回の「白い世界」同様、「同じ色で統一した写真の持つ強さや魅力」をベースにしている。
今回、被写体を集めるにあたって意識したのは、具体的な道具感のあるもの。それらで画面を構成し、黒い世界に自分を写し込んだ。観た人が自分を重ね合わす、あるいは憧れをいだくようなビジュアルを目指した。白のフェミニンな世界に対し、マニッシュであるが、ジェンダーを超えて魅力を感じてくれる時代だろう。
白と最も違うのはハイライトの立ち方だ。同じライティングを施しても被写体になじまずハイライトは際立ち、質感を伝えてくる。
【使用機材】
カメラ&レンズ
Leica SL2-S
Leica APO-SUMMICRON-M f2.0/75mm ASPH.
ライト
GODOX SL200II
黒い世界に自分を写し込むことを意識して、画面構成と撮影を行なった。
撮影の流れ
メインカットをどのように撮影したのか順を追って説明していく。
使用機材やライティングセットの参考にしてほしい。
1. 被写体と使用機材
Leica SL2-S + APO-SUMMICRON-M f2.0/75mm ASPH.
今回の撮影のために集めた黒いアイテムたち
カメラは広いダイナミックレンジを持つLeica SL2-SにM型のアポズミクロン75mmを純正アダプターを介して装着。この組み合わせなら、レンズの性能を損なうことなく高画質を得ることが可能。M型ライカに装着するときはファインダーにかかってしまう大型のフードもこれなら問題無く付けられる。
僕はスタジオで育ったからかファッションは黒いものが多く、身の回りの道具も黒いものが多いので、被写体として色々使おうと思ったが、いざ真っ黒い被写体を集めようとすると、ちょっとした差し色があったり、メタルパーツが目立ったりとなかなか難しかった。
2. ライティングと露出
セット全体の様子
メインカットのヒストグラム
余計な白を拾わないように、黒いバウンス板で被写体を囲み、左サイドからディフューザー越しに全体のトーンを整えるライトを入れる。そのライトの下から余分な光を切り、黒く締まる部分を作る。
トップ右からグリッドの入ったソフトボックスでハイエストライトを作り、黒の冴を強調していった。このライトは、鏡面状の被写体にグリッドが映り込んでしまうことがある(メインカット左下のグラス部分)。シャッターを切っている間、これを少し揺らして馴染ませるというテクニックを使った。
露出は潰れるギリギリまでしっかりと黒く撮り、ダイナミックレンジをフルに使い切る。
バリエーション1
メインビジュアルから被写体を動かさず、ライティングを調整することで、
表情に変化を出したバリエーションカットを撮影。
5s f10 ISO100
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それなりの大きさで質感と立体感のあるもの、ということでメインの被写体はヘッドホンを採用。白羽の矢がたったのはデンマークのブランドJabraの Elite 85h。クロス張りの珍しいサーフェイスを持ち、レザーのイヤーパッドやメタル塗装のパーツと合わせて、絶妙な黒のグラデーションをプレーンなデザインに纏うというセンスの良いヘッドホンだ。
その他、石やブラックパール、紙の帽子、金属の万年筆やシープスキンのジャケットなど色々な質感の黒い被写体を集めた。
こちらのバリエーションカットでは、黒い世界ならではのさらに強いコントラストを作り出した。トップライトの光が背景に漏れないように、黒ケント紙でシェードを作り、左サイドのライトを外した、1灯ライティングで撮影だ。
バリエーション2
メインの被写体を入れ替え、黒一色の世界に赤いワイヤーをプラス。
強烈なインパクトをプラスした。
2.5s f10 ISO100
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前回の「白い世界」では真ん中の白いヒールを黒に変えて共感と反発というビジュアルを作った。あれはあれで見事にブラックスワンになったのだが、「黒い世界」ではそもそもハイライトが強い白で表現されており、それが黒を引き立てるエレメントになっている。つまりここに白い被写体を置いても、周りの黒にやられる可能性が高く、敵陣の中で顔面蒼白に(実際は映り込みで真っ黒に)なっている四面楚歌のヒーローみたいになりかねない。
そこで自由に黒の世界を這い回る赤いケーブルを使った。白も黒も持ち得ない色彩という武器は、瞬間でその場をのっとり、黒い写真を赤いケーブルの写真に変えてしまった。
なぜ僕が赤を選んだかは次項を読んでいただくとして、この写真を見て何を思うだろうか。
闇の中で欲する感情、光と色
冒頭で記した通り、光のない世界、反射率0、全ての光を吸収する不可視の世界、それが本来の黒である。光は人間が非常にポジティブに捉えるものだ。それは太陽に象徴され、もっとも強く、抗えず、必要で、有り難い存在だ。エジプト神のアトゥム・ラーにしろ、日本の天照大神にしろ、ギリシャのアポロンにしろ、太陽の神は最高神あるいはその直系であることが多い。また、人間が進化の過程で火を手に入れ、闇の中で光を得たことは他の動物より大きな進化を遂げた要因と言われているほど重要なことだった。その光があって初めて見ることができる世界、それが色であり、その全ての色の集合体にして頂点が白なのだ、そう、黒を除いて。
白と黒はポジティブとネガティブの代名詞のように使われる。勝ちは白星、負けは黒星、犯人はクロ、犯罪を犯していなければシロ、白黒はっきりさせるなど。さらに黒単体のネガティブな使われ方としては、黒魔術、黒歴史、暗黒時代、ブラック企業、もちろんこれは日本語に限ったことではなく、ブラックリスト(警戒を要する対象の一覧) 、ブラックスポット(事故多発区域)など、キリがないほど出てくる。一体どこまで黒がネガティブな要素なのかと思うのだが、こんなひどい扱いをしておいて、それでも実は、人は黒に非常に強い魅力を感じている。冷静に周りを見渡してみれば黒いものがたっぷりとあるので、それはおわかりだろう。これは一体なぜだろう。
今回僕が黒い世界を写真で表現してみて、その回答のひとつに辿り着いた。前述したように本来黒という色は何も見えていない暗闇で、恐れをいだく対象だった。しかし真っ暗なスタジオの中で、黒一色の被写体の輪郭を浮かび上がらせる行為は、光を用いて闇を克服したような、闇の恐怖や得体のしれない力を光によって手中に収めたような感覚があったのだ。黒という立体視できないはずの色が、光の白いエッジを伴って形や質感を得た不思議さと、やはり存在するどこまでも黒く見えない部分の混在。これはミステリアスだ! ブラックボックスとはよく言ったもので、そういう中の見えない、でもすごい能力を秘めている物体というイメージがわかりやすいだろうか。これは底が見えてしまう他の色では感じられない強さだと思った。
先ほどのネガティブさを挽回するために少しこの強さの表現として使われた黒を紹介しよう。柔道の黒帯は強者の象徴だ、フォーマルはブラックだし、クレジットカードでは最上級がブラックカードだ。ブラックジャックはカードゲームでは最強の決まり手、そして漫
画の世界では僕の大好きな最強の無免許医である。
黒にはやはり未知数の魅力がある、真っ黒い世界を作っていてそう感じた。エッジに光を入れながらその輪郭を浮き彫りにしていくことにゾクゾクしたし、もっともっとたくさんのアイテムを用意して、闇から力を浮き彫りにする作業を続けていたいとさえ思ってしまった。
写真的な話に戻そう。白と黒はお互いが補わないとその存在は立体視することができない。ありきたりすぎてあまり言いたくないが、光と闇は同時に現れて初めて存在することになる。そうでなければただの白と黒の二次元に過ぎず、写真家のモチーフにもならないし、両方ともただの見えない恐怖でしかないのかもしれない。白い世界にも闇が存在し、黒い世界の輪郭をなぞるのは光が引いた白い線である。天使と悪魔は表裏一体ということになっているが、どちらが良いか悪いかは別として同じような関係にある。今回連続してこの白と黒の世界を作ったのはこの両極端につながった世界をビジュアル化してみたかったからだ。これは写真の基本でもある。
そして、その黒と白の途中に無限の色彩が存在する。バリエーション2の赤いケーブルは血の通った命の象徴としてこの人知の及ばない世界に投入した。赤い実を食べた人間を象徴する色である。話は尽きないが、こういう想像力と撮影の追いかけっこも面白いだろう。
※この記事はコマーシャル・フォト2022年5月号から転載しています。
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- Vol.14 ─ Phantom Shooter ─ 「SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG DN OS | Sports + TELE CONVERTER TC-2011」
- Vol.13 ─ The New Standard ─ 「Canon RF100mm F2.8 L MACRO IS USM」
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- Vol.10 美しき境界線
- Vol.9 存在が放つ光
- Vol.8 黒い世界
- Vol.7 白い世界
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- Vol.5 レンジファインダーカメラを知っているか
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- Vol.3 ラージフォーマットの限定解除された表現力
- Vol.2 ミラーレスカメラの可能性
- Vol.1 一眼レフカメラの存在意義