2014年04月15日
3月1日に全国の劇場で封切られた映画「魔女の宅急便」。主人公の魔女・キキが空を飛ぶシーンが公開前から話題になっているが、その空撮シーンはどのように撮影されたのか、編集部がロケに同行取材した。
主人公のキキが飛ぶシーンをマルチコプターで撮影
映画の空撮シーンで実際に使用されたマルチコプター。RED EPICを搭載して安定飛行できる機体は他にはないだろう。
2013年6月1日。1台のワンボックスカーが瀬戸内海の小豆島に上陸した。広い荷室にはなにやら機材がぎっしりと詰め込まれており、よく見ると小さなプロペラがたくさん並んでいる。実はこれ、いま各方面で注目を集めているマルチローターヘリコプター、いわゆるマルチコプターと呼ばれる機体で、映像業界では空中撮影のために使われている。
このマルチコプターを駆使した空撮が、これから約2週間にわたって、この小豆島で行なわれるのだ。映画「魔女の宅急便」のための撮影である。
空撮を担当するのはアマナの空撮サービス「airvision」のチームと、同じくアマナグループの広告ビジュアル制作会社「アキューブ」の宮原康弘氏。airvisionのマルチコプターに、アキューブが保有するRED EPICを搭載し、主人公のキキが空を飛ぶシーンの背景や、空中での主観ショットを撮影するのである。
空撮シーンの撮影は6月3日の朝から始まった。小豆島のほぼ中央部に位置する標高777mの四方指展望台は、360度ぐるりと四方を見渡せる絶好のロケ地。ここでマルチコプターを飛ばして、空中からの見た目を撮影しようというのだ。
今回の現場に投入されたマルチコプターは、地上1mから高さ150mまで、ラジコン送信機から半径300m以内の空間を自由に飛べる。機体の下部には3軸で動くジンバルという装置が取り付けてあり、ここにカメラを搭載する。マルチコプターの操縦者とは別に、撮影する人がジンバルをコントロールして、カメラの向きや傾きを制御する仕組みになっている。
写真右から5人目がフォトグラファーの宮原康弘氏。左端がマルチコプターのパイロット小林宗氏。左から3人目が横濱和彦氏。
プロペラ、モーター、バッテリーは独自のノウハウのかたまり
撮影の準備は朝8時30分から始まり、展望台の一画で機体の組み立て、EPICの装着などが着々と進んで行く。1時間も経たないうちにテスト飛行が始まり、1回目は高さ150mまで勢いよく急速上昇、2回目は逆にゆっくりと上昇していく。カメラ、レンズ、メモリカードなどを合わせるとかなりの重量となるが、マルチコプターはものともせず、安定した飛行を続ける。
ただし、機体のバッテリーは安全を見込んで頻繁に取り替えるので、現場はかなり慌ただしい。飛行時間は1回4~5分だが、離陸時と着陸時の映像は使えないので、正味3分の撮影時間となる。
10時には早くも本番開始。本番中は上の写真のように、マルチコプターのパイロットとフォトグラファーが、2人並んでコントローラーを操ることになる。その他にフォーカスをワイヤレスコントロールするシステムを併用することもあり、その場合は3人がかりとなるが、チームの息はぴったりで、撮影は順調に進んでいく。
今回の案件がアキューブに持ち込まれたのは、映画のクランクインまで3ヵ月を切った3月上旬のこと。宮原氏によると「最初は一眼レフでという案もありましたが、本編のカメラがEPICだったので、トーンを揃えるためにもEPICで空撮したかった。なんとかEPICを積めるように、airvisionのチームには頑張ってもらいました」。
「今回使ったのはCinestar8というパワーのある機体ですが、最初のテストの時は旧型機しかなくて、おっかなびっくりでEPICを載せていました。5月半ばにようやくCinestar8が納品されて、そうしたらものすごく安定するようになり、ほっとしました。プロペラやモーター、バッテリーなどは独自に研究を重ねて改良したものなので、機体さえあれば誰でもEPICで空撮できるわけではありません。そのノウハウは秘密ですが(笑)」(スタジオアマナ airvisionマネージャー 横濱和彦氏)。
本体重量2.3kgのRED EPICを搭載できるマルチコプター
カーボン製で揚力の高いプロペラには、トルクの強いモーターが取り付けてある。
マルチコプター本体のバッテリーは2本1組。容量が60%になったら取り替えている。
発電機とバッテリー充電器。わずか10分間で2本同時に急速チャージを行なっている。
マルチコプターの高度、傾き、向きなどの情報をリアルタイムに確認しながら操縦できる特製コントローラー。
3軸カメラジンバルにEPICを取り付けたところ。これは単体のカメラジンバルとして人気の高いMoVIと同じもの。
airvisionの機材一式を搭載したワンボックス。この中に3機のマルチコプターを格納して移動することができる。
EPICに取り付けられた画像伝送装置の映像を確認しながら、撮影者自身がカメラの向きや傾きをコントロールする。
撮影データをバックアップするために、Mac miniとモニター、大容量ストレージを機材車に搭載している。
空中を飛ぶカメラのフォーカス送りまで実現
午後からは寒霞渓という渓谷に場所を移して、本編の撮影班と合流。断崖絶壁に主人公が立っているところを、空中に浮かんだカメラで捉え、そこからカメラが急速後退&急速上昇するという、ダイナミックなカメラワークの撮影を行なった。このシーンは予告編にも含まれているので、見たことがある人も多いだろう。
下のメイキング写真を見ればわかるように、マルチコプター以外の方法ではまず不可能と言ってもいいくらい、難易度の高い撮影である。
「このシーンでは、カメラが後ろに引いても女優にずっとフォーカスを合わせたかったので、cmotion(シーモーション)のレンズコントロールシステムを使っています。これ以外にも、町の上空から地上の人物を捉えたショットでも、ワイヤレスでフォーカス送りをしています」(宮原氏)。
「フォーカスコントロールのモーターを取り付けると重量が増して、機体のコントロールが難しくなるのですが、もちろん本番ではそんなことが起きないように対処しています。そこは宮原さんのこだわりどころだったので頑張りました」(横濱氏)。
空撮班のロケは、小豆島に続いて岡山県や千葉県でも行なわれ、都合3週間もの日数を重ねている。その間マルチコプターが飛んだ回数はテストも含めると260回、テイク数は240テイクにもなるという。完成した映画の中には本物のヘリを使った空撮シーンもあるが、それ以外のほとんどがマルチコプターによるものだ。
今回の撮影を通じてairvisionと宮原氏が培ったノウハウは、非常に大きなものがある。RED EPICとマルチコプターによる空撮という他には真似のできない撮影手法は、今後、本業である広告ビジュアル制作で活かされることだろう。
「魔女の宅急便」予告編
映画の予告編の最後の方に、崖に立つ主人公を空中から捉えたショットがある。これがマルチコプターで撮影されたシーンだ。
崖のシーンの撮影現場
3月1日(土)全国ロードショー
©2014「魔女の宅急便」フィルムパートナーズ
原作=角野栄子「魔女の宅急便」(角川文庫刊・福音館書店刊) 監督=清水崇 脚本=奥寺佐渡子・清水崇 音楽=岩代太郎 主題歌=倉木麻衣「Wake me up」(NORTHERN MUSIC / BEING) オリジナル・サウンドトラック=「魔女の宅急便」(BEING)キャスト=小芝風花 尾野真千子 / 宮沢りえ
※この記事はコマーシャル・フォト2014年4月号から転載しています。
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