2018年05月28日
キヤノンのTS-Eレンズシリーズに50mm/90mm/135mmと3つのレンズが新たに追加された。かなりのグレードアップを果たした新TS-Eレンズを様々な撮影で検証する。
コマーシャルの現場で必要とされる「アオれる」レンズ
4×5inchのテクニカルカメラを駆使してコマーシャルフォトの撮影に従事していたフォトグラファーにとって、ティルトやシフトなどの「アオリ」はスタジオライティングとともに会得必須のテクニックだった。それはパースの補正やフォーカス深度のコントロール、ぼかしの表現など「Photoshop」のなかった時代のまさに「写真屋」の仕事であった。
TS-Eレンズは、レンズ部分に可動域を設け、アオリ機能を付加したレンズだ。これによりアオリの効かない35mmフォーマットのカメラに新たなる機能性を産む。フィルムの時代からワイド系レンズに少数ラインナップされていたが、標準、中望遠が無くまた4×5カメラが普通に存在した当時、スタジオのコマーシャルフォトグラファーが使うことは少なかったと記憶している。その後、デジタル化と4×5カメラ衰退のおりに、ブツ撮りのプロ達はこの「アオれる」レンズが24mm、45mm、90mmと3本もラインナップされているキヤノンをこぞって使うことになるのだ。
今回、新たな3本のレンズの追加で、キヤノンは17mm、24mm、50mm、90mm、135mmと幅の広いTS-Eレンズラインナップを完成させた。アオリ量の拡大と最短撮影距離の短縮、解像度の大幅向上など、かなりのグレードアップを果たした新TS-Eレンズを様々な撮影で検証する。
TS-E90mm F2.8 L マクロ f16 ティルト:+9(9°) EOS 5D Mark IV 2.5s ISO100
ST=鈴木俊哉(BOOK.inc)
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前後に距離のあるスーツケースの平面に対してシャインプルーフの法則に則り、この面に焦点の芯を作る。ここからf16まで絞って配置されたカメラやスーツケース側面など全てをフォーカス深度に入れるとこのような画像になる。画質は周辺まで申し分ない。これを絞りだけでやろうとするとf32まで絞っても深度が足りず、しかも回折現象で解像感が低下してしまうのだ。
TS-E50mm F2.8L マクロ
画角(水平・垂直・対角・シフト時):
40°・27°・46°・68°
絞り羽根枚数:9枚
最小絞り:f32
最短撮影距離:0.273m
最大倍率:0.5倍
最大径:86.9mm
全長:114.9mm
質量:約945g
価格:税別315,000円
テーブルトップ全てにフォーカスを合わせる
アオリとマクロを手に入れた50mm、値段もかなりのもので、もはや標準なのは焦点距離のみである。ここで撮影したのは画面全てにフォーカスの合ったデスクトップイメージの撮影だ。まずは天板の手前から奥まで全てにフォーカスが来るようにシャインプルーフの原理に則り、アオリを決める(ここまでは二次元的な面のフォーカスコントロール)。
メイキング
天板に対してシャインプルーフを行なっている。ティルト角度が大きいので、ここまで前後差のある被写体もアオリ切ることができる。
撮像面とレンズ面を並行でない状態にした場合、物面(ピントが結ぶ部分)は平行ではなくなる。その時、撮像面・レンズ面・物面が同一直線上で交わる。これを利用することで、フォーカスのコントロールが可能となる。
これでフォーカスの芯を作り、天板の上のカトラリー全てにフォーカスが合うところまで絞ってフォーカス深度を深くする。メイキング写真で手前から奥までは、かなりの距離差があることがわかるが、この距離差ではアオらずに単純に最小絞りまで絞っても、全てにフォーカスを来させることはできないし、そんなことをしたらレンズの回折現象で解像感の低下は否めない。適切なアオリと絞りの設定を可能にした作画である。
アオリあり f16 ティルト:+9(7.65°)
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EOS 5D Mark IV 0.3s ISO100 ST=鈴木俊哉(BOOK.inc)
アオリなし
アオリ機能のないレンズで被写界深度を深く撮るには絞りを大きくしていくしかない。全くアオらない状態で最小絞りF32まで絞って撮影してみたがそれでも奥にある物は深度に収まらなかった。アオリと絞りの併用がいかに効果的に被写界深度をコントロールできるかがわかる。
逆アオリ
もちろんお馴染みの逆アオリによる極浅フォーカスも可能。画像処理でも可能だが一発でこれが作れるのも気持ちが良い。
またお約束の逆アオリも試したがボケ具合はさすがに画像処理より自然だ。ただし、やはり画像処理では不可能に近い「フォーカスを作る」ということを一発撮影でやってのけるというのがこのレンズの真価だろう。マクロ域まで寄ってアオれる非常に表現領域の広い、金額に違わぬ価値を持ったレンズなのである。
TS-E90mm F2.8L マクロ
画角(水平・垂直・対角・シフト時):
22°40′・15°10′・27°00′・41°
絞り羽根枚数:9枚
最小絞り:f45
最短撮影距離:0.390m
最大倍率:0.5倍
最大径:86.9mm
全長:116.5mm
質量:約915g
価格:税別315,000円
背景ボケと商品のフォーカスを両立させる
コマーシャルフォトグラファー御用達のTS-E90mmのリニューアルである。以前から良いレンズだったが、解像度、アオリ量、最大撮影倍率など、かなりのグレードアップを果たした。この撮影では解放絞りで中望遠レンズの持つボケ味を活かしつつ、欲しいところにフォーカスを持って来るというコントロールを行なった。
f2.8 ティルト:+9(9°)
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シフト:-4(-4.8mm) EOS-1D X Mark II 1/32s ISO100 ハーバリウム=Misa(Evviva!)
アオリなしでは極浅い一点フォーカスのイメージ写真になり、商品カットとしては成り立たない。商品にしっかりフォーカスを来させようと絞り込むと背景のボケ用に仕込んだグリーンが無粋に顔を出し、商品の浮かび上がっている感じを殺してしまう。今回はアオリだけでできることを際立たせるため「絞り解放でビンの中の植物全てにフォーカスを合わせる」という表現を行なった。
レンズのマクロ化とアオリ量の拡大は、実は非常に親和性が高い。マクロ域まで寄ることでフォーカスの深度は浅くなり、この写真のように斜めに並んだ奥行きのある被写体全てにフォーカスを合わせることは難しくなるのだが、アオリ量の増加でそれを補うことができるのだ。マクロ撮影ならではの迫力と繊細なフォーカスのコントロール、さらにボケ味を活かせる。
ただし全てのTS-Eレンズに言えることだが、アオることで光軸がずれるので、画面の中での被写体の位置が変わり、フレーミングの修正が必要、さらに同じ絞り解放でもボケ味が微妙に変わって来る(この作例では画面右のボケは大きく、左のボケは小さくなり口径食が出ているのがわかる)。
f2.8アオリなし
美しく素直なボケ味だが、今回のような商品全てにフォーカスが欲しい撮影の場合は、これでは成り立たない。
f45アオリなし
被写体全てを被写界深度に入れようとするとF45まで絞ることになるが、背景のボケはすっかりなくなってしまう。ただしF45まで絞れるのは武器でもある。
TS-E135mm F4L マクロ
画角(水平・垂直・対角・シフト時):
15°・10°・18°・28°
絞り羽根枚数:9枚
最小絞り:f45
最短撮影距離:0.486m
最大倍率:0.5倍
最大径:88.5mm
全長:139.1mm
質量:約1110g
価格:税別315,000円
ワーキングディスタンスが広がる焦点距離
135mmでアオり可能なレンズは現在世界でもこれ1本である。この焦点距離にアオれるレンズが必要か?という質問は無粋だ。
そもそも4×5テクニカルカメラではレンズに関係なくアオれたわけだし、いまその役割の多くを担っている35mmデジタル一眼カメラにおいてもアオれて寄れる事は便利であれど困ることはない。言ってしまえば135mmのマクロ、というだけでワーキングディスタンスを稼げるし、さらにマクロ域の浅いフォーカスをアオリでコントロールできるのだから、申し分ないのだ。
f4 ティルト:+6メモリ(6°)
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EOS-1D X Mark II 1/100s ISO100
model=VIKA B HM=関 大輔(WiZ ) ST=中園亜矢(WiZ) 衣装=ザ・ドレスルーム南青山店
この作例では絞り解放で、斜め上に顔を向けたモデルの唇と目にフォーカスを合わせるという撮影を行なった。絞りを解放にしたのは目や唇といった見せたい部分だけにフォーカスを当てるため、また絞り込むことで出てくる肌のリアル過ぎるディテール再現を避けるためである。
アオリやフォーカス合わせは非常にシビアで、ファッション撮影のようにテンポよくパシャパシャ撮るとはいかないが、コマーシャルのアングルやライティングをじっくり決めて、という撮り方の中でアオリはもう一手間増やしてさらに表現を深くする要素になる。
F4アオリなし
135mmのマクロともなると解放絞りでの被写界深度は非常に浅い。迫力を出そうと近寄るとこのように1点フォーカスになり、絞り込むと欲しいシズルがなくなる。
逆アオリ
光学的につくるボケはボケ足もボケ味も自然だ。画像処理が苦手、あるいは一発で決めたい職人はこのやり方が良いと思う。
マクロ撮影にも対応したことによる優位性
4×5カメラのレンズには、マクロ機構どころかフォーカスを合わせるピントリングすら無い。フォーカス合わせはカメラ自体の蛇腹を伸び縮みさせて行なっていたのだから当然であり、蛇腹とレールを連結させて伸ばせばいくらでも被写体に寄ることができた。この「寄ってアオる」という行為が35mmカメラでもできるようになったのはとても有難い話で、逆にアオれるレンズがマクロ域まで寄れるということは実はごく自然のことなのだ。
両目にピントを合わせる撮影
下の作例では、斜めに顔を向けたモデルの両目にピントを合わせる撮影を行なった。TS-E135mmの作例同様、絞りは開放で瞳にだけフォーカスを当てている。直線を結べる2点を基軸にした平面であればその面だけにフォーカスを作れるという特徴を活かした作例だ。
f4アオリなし
f4アオリあり
TS-E135mm F4 L マクロ f4 ティルト:+10(10°) EOS-1 D X Mark II 1/80s ISO400
絞り解放なので普通に撮影すれば片目にしか焦点は合わないが、両目の瞳を繋いだ直線に対してシャインプルーフを行ない、このような画像を作った。非常に瞳の美しいモデルだったので面白い写真になった。カラーコンタクトの撮影などで使ってみたい。
マクロ域でクラシックカメラのディテールを撮影
f22アオリあり
TS-E90mm F2.8L マクロ f22 レボルビング:右約45° ティルト:+9(9°)
EOS 5D Mark IV 4s ISO100
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ボディ全てにフォーカスを合わせ、金属に纏ったクラシックカメラの風格を余すところなく描写する。アオリの効く高性能マクロレンズにしかできない芸当だ。一発撮りの自然さも含め描写力は本当に素晴らしい。
この作例では、マクロ域でクラシックカメラのディテールを撮影。アオリを駆使して画面右奥にむけてフォーカスの芯をとり、解像感を最大限に表現する絞り値と合わせて表現した。被写体の形状やアングルから、単純にボディ前面にシャインプルーフを効かせてアオるだけでは全てにフォーカスを来させることはできないので、レンズを右に回転(レボルビング)させつつティルトの調整を行なった。
メイキング
前後左右両方向に被写界深度が必要だったため、レンズを回転させてティルトを行なっている。
被写界深度とフォーカスやアオリのコントロールはかなり慎重に行なう必要があるので、4×5カメラのピント板にルーペをのせて見るが如く、ライブビュー状態で大きなモニターにつなぎ拡大画像を見ながら撮影した。90mmを使用したが、マクロ域においても、最大限にアオリを効かせても、解像力はすこぶる高く、また収差による色滲みも皆無。
またこの3本全てのTS-Eレンズにおいてレボルビングが2系統になったのも特筆すべき点である。
f22アオリなし
アオリを使用した作例と同じF22でアオリなしの状態で撮影した。マクロ域においてF22では満足な被写界深度を得ることはできないことがわかる。
f45アオリなし
F45まで絞れるのはこのレンズの武器ではある。ただし、被写界深度は稼げるが、回折現象で解像感は損なわれていく。一番上の「f22アオリあり」の作例と見比べて欲しい。
凸版印刷 TIC フォトクリエイティブ部 チーフフォトグラファー
1970年生まれ。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。世界遺産を中心に世界約200都市以上での撮影実績を持つ。知的財産管理技能士、日本広告写真家協会(APA)会員。
※この記事はコマーシャル・フォト2018年1月号から転載しています。
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