玉ちゃんのライティング話

最終回 照明機材発明の歴史は表現の歴史

解説 : 玉内公一

玉:玉内 編:編集部

 今回でこの連載も終了ということで。

 そうなんです。残念なのですが。

そこで、これまでの総論として、ライティング表現の歴史、変遷を話していただこうかと。

 ライティングの歴史って、みなさんが思っているより古いですよ。カメラというものが発明された頃から、ライティングという考え方はあるわけですから。

 え、カメラ誕生は1840年ですよね。そこから話が始まるわけですか。どうりで今回は文字が多いわけだ。

 最終回スペシャルですから。

そもそも写真というのは、光がなくては写らない。しかも昔の写真システムだから、太陽光でも長時間露光です。曇りだったりして光が足りなければ、人工光を足す。つまりライティングをするわけです。

当時は舞台照明で使われたライムライトや、花火を使って夜間撮影の実験をしたという話もあります。ただしこれは「ライティングの目的」の1つの面です。

 1つの面とは? 

 なぜライティングをするのか? その理由は大きく分けて2つ。1つは足りない光量を補うため。もう1つは表現のためです。足りない光量を補うためのライティング、これはドキュメントや報道、学術写真撮影のライティングの流れにつながっていきます。

 表現のためのライティングとは?

 今で言うスタジオライティングですね。こちらも歴史は古くて、元々は太陽光をコントロールすることで、写真撮影に最適な光を演出していました。スラントスタジオというもので、スラントとは斜めに傾斜がついていること。北向きの屋根が大きなガラス窓になっている写真撮影用の部屋。昔の写真館はみんなこの構造ですよね。

img_tech_lightingstory35_01.jpg 古い写真館。北側の屋根がガラス貼りになったスラントスタジオと呼ばれるもの。

 昔っていつ頃ですか?

 それこそ1800年代後半から。明治時代にはもう日本にもあったから。太陽直射光ではなく北向きの窓から入る柔らかい光で人物を撮る。まさに今の人物撮影の基本がここにある。

でもやっぱり自然光に頼るのだから、曇った日や夜には撮れない。それでは写真館の商売も儲かりません。だから人工照明を使うようになるのですね。肖像写真家として有名なナダール(1820-1910、フランス)は、1850年代にはアーク灯を導入したスタジオを作っている。彼のポートレイトは、モデルの性格や表情を素直に引き出したと言われますが、モデルの細かい表情の変化を写すため、補助光を使ったりレフ板を使ったりして、顔にあまり陰影をつけていないのが特徴。

 もう今のポートレイト撮影の考え方と、ほぼ同じじゃないですか。

 全くその通り。ライティングの基本と言うべき考え方は、この時代にすでにできていたんですね。そんな彼の肖像写真は瞬く間に評判になり、パリにあった彼のスタジオには多くの文化人や有名人が訪れた。

ちなみにライティングアクセサリーに関しても、大きなお椀型のリフレクター、今のアンブレラに近い物も当時から使われています。

その他、瞬間光の光源としてはマグネシウムや、もう少し時代が進むとフラッシュバルブなども発明されます。フラッシュバルブはガラス管の中にアルミ片と酸素を詰めて電気で発火する瞬間光源で、1回焚くともう使えないのですが、持ち運びが簡単。報道などを中心に広まります。

そして1931年、ついにマサチューセッツ工科大学のハロルド・エッジャートンなる人物が、高電圧を放電管に一気に流して瞬間的に強い光を得るシステムを開発しました。

 それが今の…。

 ストロボの誕生です。

ストロボによって写真表現は大きく変わりました。それまで動いているものを静止画として固定するのはシャッターの役割だった。しかし、閃光時間がシャッター速度よりもずっと高速な光源の出現により、光で「瞬間を切り取る」ことができるようになったのです。

でも、最初のストロボシステムはとても高価だったろうから、ミルククラウンなどの科学写真用途がメインだったと思います。写真館のライティング、つまり表現のライティングとしては、やはり定常光の時代が続きます。

アークライト以降、映画の世界と同様に、タングステンライトが写真スタジオでも使われ始め、長い間、スタジオ照明のメインの光源となるわけです。

 ストロボが写真館やコマーシャルの撮影に入ってきたのはいつ頃からですか?

 普及は第二次大戦以降でしょうね。有名なのがアービング・ペンやリチャード・アベドン。ペンは、グラスの泡などを瞬間光で止めたシズル写真を撮っていたし、アベドンのストロボを使いモデルの動きを瞬間的に止めた躍動感あるファッション写真は、今のファッション表現の基本になっています。

 まさに「瞬間光によって表現のアプローチ」が変わったということですね。

 ペンやアベドンの新しい表現は当然話題となりました。それでニューヨークでは高速閃光ブームが来る。1960年代、アスコフラッシュというのがあって、これは巨大なオイルコンデンサーを何本も使い、大光量の超高速閃光を得られるライトです。システム自体、かなり大きく高価だったのですが、1960年代〜1970年代、ニューヨークのトップスタジオはみんな持っていた。別の言い方をすれば、アスコフラッシュが一流の証だった。

img_tech_lightingstory35_02.jpg 大光量で超高速閃光が可能なアスコフラッシュ。左奥のシルバーの装置が電源部。かなり大きいシステムだ。

 ところで日本ではどうなんですか?

 日本のファッション撮影、写真館撮影も1970年代中頃まではタングステンがメインですよね。でも昔のコマーシャル・フォト誌を見ると、60年代後半にはニューヨークでの修行から帰ってきたフォトグラファーたちが、ストロボライティングを紹介しています。それでファッションを中心にストロボが広まっていくのですね。

一方、ブツ撮りではもう少し長くタングテンの時代が続きます。

 それはいつ頃まで?

 80年代前半までは、ブツと言えばタングステンだったんじゃないかな?

 静止したものには瞬間光の必要がないから、使い慣れたタングステンが良かったわけですか?

 それもあるし、当時、デーライトタイプよりタングステンタイプのフィルムの方が完成されていて、発色がいい、色のノリがいいと言われていましたね。

ブツの世界でストロボが普及したのは、バルカー社の影響が大きい。1970年代から80年代にかけて、当時のバルカーの社長が毎年のように日本に来て、セミナーを開いていました。

バルカーのストロボシステムの魅力は、豊富なアクセサリー。「ウチのストロボなら、こんな色々なライティングができる」というわけです、特にこれでブツ撮りの現場にストロボライティングが定着したんじゃないのかな。

 さて、時代は一気に飛んで、今、デジタル撮影時代ですが。これからライティング機材は、どうなっていくのでしょう?

 どうでしょうねぇ。ただここまで長々と話して言いたかったのは、ライトの進歩が表現の可能性を広げてきたということです。

しかしデジタル撮影になると、ライトの進歩よりもカメラの進歩の方が早い。いい例が高感度撮影。大光量のストロボを研究するよりカメラの感度を上げた方が簡単。高速撮影だって、閃光速度を上げるよりも、ハイスピード撮影ができるデジタルムービーカメラから静止画を切り出す方が簡単になった。

要するに、これまではフィルムやカメラの方がライトに合わせきたのが、今ではデジタルカメラの機能にライトが合わせる感じですよね。

 それは常用感度が高くなったらから、低光量でも安定発光できるストロボを開発するとか、ムービー機能がついたから定常光が主流になるとか。

 そうそう。今後、注目はLEDライトだろうし、1台のカメラでスチルも動画も撮れるんだから、LEDに瞬間発光機能をつけたら便利という発想でしょう。今後、写真の表現を変えていくのはライトの進歩ではなく、カメラの進歩なんでしょうね。

 ライティング話最終回にしては、何だか寂しい結論…。

 まぁ、あくまで現時点の想像ですから。全く新しい発想の照明が生まれるかもしれませんし、LEDを使った新しいライティング技法のブームが来るかもしれない。10年後、「玉ちゃんのLED話」を連載しているかもしれないですね。

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玉内公一 Kohichi Tamauchi

ドイテクニカルフォト、コメットストロボを経て、2000年に独立。銀塩写真、デジタルフォト、ライティングに関する執筆、セミナーなどを行なっている。日本写真映像専門学校非常勤講師、日本写真学会、日本写真芸術学会会員、電塾運営委員。

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