Lightroom 実践力アップ講座

開発者トーマス・ノールが語る「PhotoshopとLightroomが目指すもの」

インタビュアー:湯浅立志

デジタルフォト&デザインセミナー2015の基調講演のために、Photoshopの生みの親トーマス・ノール氏が5月に来日した。同氏は最近Camera Rawの開発を手がけているというので、編集部から「Camera RawとLightroomは共通点が多いし、せっかくならインタビューしませんか?」とお誘いを受けた。

img_soft_lightroom_knoll_01.jpg Photoshopを開発したソフトウェアエンジニア、トーマス・ノール氏

セミナーでのトーマス氏の講演のテーマは「Photoshopの歴史」で、それはそれで多くの人が興味を持つだろうけれど、いずれShuffleでも詳しいセミナーレポートがあると思う。同じことを聞いても仕方ないので、僕はPhotoshopとLightroomの開発の方向性を中心に話を聞くことにした。今回はトーマス氏だけでなく、Camera Rawのエンジニアチームが全員来日するというので、Lightroom CCについて僕が気になっていることも質問した。

というわけで、いつもの連載とは少し趣向が違うけれど、トーマス・ノール氏およびCamera Raw開発陣のインタビューをお届けすることにする。

PhotoshopとLightroomは開発のターゲットが異なる

湯浅 トーマスさんは、写真愛好家だったお父さんの影響で、子供の頃に写真を始めたそうですね。

ノール 私は暗室ワークが得意で、かなり大量に白黒のプリントをやりましたし、カラーのプリントも幾分かやりました。露出計も持っていましたし、印画紙のコントラストにこだわったりもしました。

湯浅 その経験が、後にPhotoshopやLightroomの開発に活かされたんだろうと思いますが、暗室ワークという観点で言うと、今のPhotoshopはトーマスさんの満足のいくレベルになっていますか。

ノール アナログの暗室ワークで、デジタル処理ではできない要素は残っていないように思います。その逆に、暗室でできなかった多くのことがPhotoshopで実現可能になっています。

湯浅 だんだんPhotoshopが多機能化する中で、3Dや動画の機能が追加されるなど、本来の写真編集のためのソフトとは違う道を歩んでいるように感じます。その乖離した部分を埋めるためにLightroomが開発されたと僕は理解していますが、PhotoshopとLightroomで、市場の写真愛好家やプロフォトグラファーに対してのアプローチはすべて満たしているとお考えですか。

ノール もともと我々がPhotoshop 1.0で目指していたのは、フォトグラファーが最初のターゲットではなく、むしろグラフィックアートやプリプレスで画像を扱う人たちです。その理由は単純で、1990年当時は画像をプリントアウトする方法が、商業印刷以外になかったからです。その後、インクジェットプリンタやデジタルカメラが登場し、Photoshopが本当の意味での写真家のツールに発展しました。

デジタルカメラが普及すると、今度は大量の画像に対応しなければならなくなりました。そこでLightroomを開発したわけですが、今ではこの組合せは大変良いペアになっていると思います。というのはLightroomは多くの画像を処理する場合に向いていますし、Photoshopは単一の画像に対して複雑な処理を行なうことができるからです。

もちろん、これでもってフォトグラファーの皆さんが直面しているすべての問題を解決したというわけではなく、まだまだ我々はいろいろな試みを手がけています。

湯浅 Lightroomははじめ2006年にベータ版が出て、翌2007年に製品版になりました。僕は最初のバージョンから使っていますが、現在のLightroom CCに至るまで、基本的な操作感はまったくブレていないと感じています。最初からここまで完成度の高いソフトを作るのは驚くべきことだと思いますが、最初のLightroomはどなたが開発されたのですか?

ノール 主にマーク・ハンバーグというエンジニアがLightroomの開発者として活躍しました。私は長年彼と一緒に仕事をしてきました。彼はPhotoshopに参加したエンジニアとしては2人目で、Photoshopのバージョン2ではいくつかの新機能について貢献しました。

今から10年ぐらい前、私のほうでカメラのプロセッシングエンジンで書いたプログラムがあったわけですが、ちょうど彼は別のプロジェクトで何を手がけようかと考えている時で、そのプログラムを取り上げることにしました。これが現像モジュールとしてLightroomで使われたわけです。そして彼のほうから、その他にいろいろな機能を追加していったというわけです。

GPU対応で高速化をはかったLightroomとCamera Raw

湯浅 では新しいLightroomについて質問します。昨今のアプリケーションはGPUによる高速化が流行になっていますが、LightroomもGPUに対応しました。具体的にはどんな作業でGPUが使われていますか。

img_soft_lightroom_knoll_02.jpg エリック・チャン氏

ノール ここでGPUの機能を担当したエンジニアであるエリック・チャンを紹介したいと思います。

チャン インタラクティブなイメージ編集を行なうには、画像処理の結果を速く表示する必要があるので、Camera Raw 9とLightroom CCではGPUが使えるようになっています。インタラクティブにモニターで見る必要がある機能としては、たとえばホワイトバランス、露光、コントラストなど。パラメータを調整したら、即座に結果が表示されるようになっています。

ノール Photoshopそのものでは数バージョン前からGPUに対応していますが、Camera RawとLightroomではようやく新たにGPUを使い始めたところです。

チャン なぜこのタイミングでGPUに対する取り組みを行なったのかというと、最新のコンピュータでは高解像度のディスプレイが使われているからです。アップルのノートブックやマイクロソフトのタブレットPC、それからデスクトップでも4K、5Kを使っているものもあります。ですから、表示を高速化する必要があったのです。

湯浅 新しいMac Proのようなワークステーションが広く使われている一方で、ノートブックだけですべての作業を行なうフォトグラファーもいます。その両極端のハードを満たすアプリケーションを作るのはとても大変なことだと思いますが、今後もPhotoshopはその両方を目指していくのですか。ローエンドのユーザーを切り捨てるようなことはないですか。

ノール アドビにおいては、市場というのは広い範囲でのユーザー層から形成されていると考えています。Photoshopは長年、最もハイエンドのユーザーに使っていただいたわけですが、一方でこれからPhotoshopを使い始める人たちもいます。彼らはローエンドのマシンからスタートしますが、いつかはハイエンドのマシンを使いたいと考えています。そのため我々はハイエンドユーザーが満足のいくようなプロダクトをデザインし、しかも誰もが使いやすいものを目指しています。どちらか一方を我々のほうから見捨てることは考えておりません。より使い勝手のよい製品を完成させることによって、ハイエンドの人たちでも恩恵を享受できると考えています。

湯浅 先ほどのGPUの質問に戻ってしまうのですが、ノートPCの場合は独立したGPUは持たないで、CPUとGPUが統合されていることが多いと思います。それでもまったく問題なく動くように作られているということでしょうか。

チャン そうです。よい例としてはマイクロソフトのSurface Pro 3です。IntelのCPUとGPUが一体化された統合型のプロセッサが使われていますが、このマシンでもLightroomでインタラクティブな画像編集が行なえます。

モバイル版のLightroomはPCレスでも動くようになる?

湯浅 日本だけなのか海外でもそうなのかわかりませんが、デスクトップとノートPCの需要が非常に下がっています。スマートフォンの普及が原因だと思います。その一方でスマートフォンやタブレットで動くLightroom Mobileというアプリがあります。今はPC版のLightroomありきの設計になっていますが、将来的にはPCレスでも使えるようになるんでしょうか。

ノール アドビとしては確かにそういう方向に移行していきたいと考えていますが、数年間かけての進化になるかと思われます。なぜなら、ほとんどのユーザーは、大量のRAWファイルをクラウドとやりとりするするだけの高速接続回線を持ちあわせていないからです。現在はクラウドとのデータのやり取りでは、スマートプレビューという機能を使って回線の負荷を下げるようにしていますが、今後デバイスの対応能力が増して、インターネット接続の高速化が進むと、そういう方向性に向かっていくと考えられます。

湯浅 そうなるとPC版はなくなりますか。

ノール いえ。そうなるとしたら、世の中から一切のPCがなくなったときだけですね。

湯浅 なるほど、安心しました。ところで、Camera Raw 9とLightroom CCはいち早くキヤノンEOS 5Dsをサポートしていますが、4月22日の発表時点ではこのカメラはまだ発売されていませんでした。なぜこのような対応ができたのでしょうか?

img_soft_lightroom_knoll_03.jpg マックス・ウェント氏

ノール 新しいカメラをサポートする作業を手がけているマックス・ウェントをここで紹介させてください。

ウェント 我々は、いろんなカメラメーカーとの関係を発展させるための作業に取り組んでおります。そういう関係を持っているので、カメラがリリースされる前に我々がそのモデルにアクセスできることもあります。

湯浅 主なカメラメーカーはほとんど日本にありますが、一方でCamera Rawの開発チームはアメリカにいらっしゃいます。その交渉は非常にやっかいではないでしょうか。

ウェント 日本のオフィスの助けをいろいろいただいております。日米間でカメラが行ったり来たりということはあります。

LightroomとCamera Rawの新しいパノラマ機能

湯浅 Lightroom CCの新しいパノラマ機能についてお聞きします。Shuffleの連載のためにいろいろテストを重ねてみましたが、Photoshopのパノラマとは結果が異なります。Photoshopでパノラマを作るときは各画像がレイヤー構造になっていますが、Lightroomでは違います。そのあたりが原因でしょうか?

img_soft_lightroom_knoll_04.jpg ジョシュア・バリー氏

ノール それではパノラマの機能を手がけたエンジニア、ジョシュア・バリーを紹介します。

バリー LightroomおよびCamera Rawのパノラマ合成機能では、Photoshopとは違った取り組みをしようと考えました。従来のやり方は、まず最初に複数のRAWデータから画像を作って、その次に画像をマージ(つなぎ合わせる)するというやり方でしたが、今回はそれを逆にするべきだと考えたのです。RAWのままでパノラマを実現するためには、Camera Rawの画像処理エンジンを活用しなければなりませんが、そのためにいろいろと変更が必要でした。

ノール マージしたら一旦DNGフォーマットで出力して、それをまたCamera Rawに読み込んで、画像編集できるように設計しています。現在のところDNGフォーマットではレイヤー構造を保存できないので、Photoshopのように完全にレイヤー化されたイメージは実現できませんが、レイヤーとは別の他の方法でコントロールすることは考えられます。

湯浅 RAWからDNGに変換してから、マージしているということですか。

バリー いえ。Camera Rawのパイプラインを使って、RAWファイルの読み込みを行なって、そのままマージしています。DNGへの変換はその後になります。現状では、マージの時にきちんとつながらない部分が発生することもあるので、それに対しての対策を手がけているところです。

湯浅 わかりました、今後の改善を期待しています。ところで、トーマスさんが2007年に来日された時の講演で、「現在研究中の技術だが、フォーカスをずらした画像を何枚か撮っておけば、後からPhotoshopで自由にフォーカスをコントロールできるようになる」というお話をされていました。その後、似たような機能のカメラが実際に出てきましたが、このような機能は次のPhotoshopに入るんでしょうか。

ノール 全焦点、オールフォーカスで撮ってしまうカメラの特性について私からお話することはできませんが、この機能の実現については、カメラそのものに大きく起因するところがあります。カメラのフォーカスを制御するハードウェアはすでにありますし、コンピュータにプラグインできるものもあります。それを使えばレンズのフォーカスモーターをコントロールして、いろいろな深度のフォーカスで一連の画像シークエンスを自動的に撮影できます。

湯浅 そういう新しい機能のカメラが出て、Photoshopがそれに対応するのが楽しみです。それではトーマスさんに最後の質問です。もしPhotoshopを作っていなかったら、今ごろ何をしていると思いますか。

ノール Photoshopを作る前は、私は16歳からずっとコンピュータプログラマーとして仕事をしていて、大学ではコンピュータビジョンの博士号を修得しようと考えていました。コンピュータビジョンとは画像処理に似ていますけど、画像を別の画像に変換するというよりも、画像の認識というものが中心となります。ですから、きっとどこかでコンピュータビジョンに関する研究をやっていたと思います。あるいは自動運転の自動車か何かを手がけていたかもしれませんね。

湯浅 Googleのドライバーレスカーみたいなものですか。それもまた面白そうですね。今日はどうもありがとうございました。

インタビューを終えて

かなり緊張したインタビューだった。これまでインタビューされることはあっても、僕が聞く、という経験は一度もなく、しかも、相手はPhotoshopの生みの親、トーマス・ノール氏とくれば、緊張しないほうがおかしい。しかも当日、インタビュールームには他のエンジニア3人も揃っていて、緊張感MAX。できるだけ平静を取り繕って伺ったが、自分でも訳が分からないくらいの1時間だった。

トーマス・ノール氏のFBには来日中の写真がアップされていて、滞在中にあちこち行かれたことを知っていたので、その話を振ったところ、トーマス氏を始め、スタッフは皆さん写真が好きで、今回の来日中もかなり写真を撮られたとのこと。Photoshop、そしてLightroomは実際に自分たちもユーザーであり、そこから、どうしたらもっと使いやすいか?をフィードバックして機能を作ってきたということだ。

机上の使いやすさではなく、リアルな使いやすさ。

Photoshop、Camera Raw、そしてLightroomの、他の追従を許さない完成度の高さは、リアルユーザーである開発陣のおかげだったのだ。これからも新しい機能が次々と出てくるらしいので、今後も目が離せない。

img_soft_lightroom_knoll_05.jpg Camera Rawのエンジニアたちと一緒に記念撮影するインタビュアーの湯浅立志氏(中央)


撮影:坂上俊彦


湯浅立志 Tatushi Yuasa

1981年東京写真専門学校卒業。広告写真スタジオの社員カメラマンとして15年勤務。独立後は雑誌、広告、WEB媒体でモデル撮影から商品撮影まで幅広く活動。2004年(有)Y2設立。日本広告写真家協会会員。「ADOBE PHOTOSHOP LIGHTROOM 2 ハンドブック」(コマーシャル・フォト2008年10月号付録)を始め、デジタルフォトに関する原稿執筆多数。 http://tatsphoto.air-nifty.com/

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