一眼ムービーなんて怖くない!

HDR映像を撮影可能にするハイブリッドログガンマとは

解説:鹿野宏

2015年あたりから映像ディスプレイの新技術として話題になり始めた動画のHDR(ハイダイナミックレンジ)は、これまで一眼ムービーの世界にはあまり関係のない話でしたが、ここに来てパナソニックLUMIX GH5がファームウェアのアップデートで、また2017年11月末発売のソニー α7R IIIはデフォルトの撮影モードとして、4K HDR動画のための「HLG(ハイブリッドログガンマ)」に対応してきました。

動画におけるHDRは、静止画で言うHDRとは全く異なるものです。写真撮影のHDRとは複数回の段階露光によって広いラチチュードを記録し、それらを統合して最終的に256階調に圧縮して完成させます。印刷であろうがモニターであろうが、そのアウトプット固有の最大輝度と黒レベルを256階調に分割して表示します。従来の動画表示方式も同様でした。

これに対して動画HDRは、撮影時にlog方式を使用して広いラチチュードを記録します。そしてそのデータをターゲットとなるアウトプット(映像ディスプレイ)の最大輝度に合わせてLUT(look-up table:輝度変換をするための入出力テーブル)で伸長します。HDR対応モニターは1,000cd/m²というこれまでの表示装置において私たちが経験したことがないほどの輝度、自然界に迫るコントラストと色域表現を持っています。つまり動画HDRとは「はじめに再現装置の輝度比と色域の拡張ありき」であり、ディスプレイの能力の絶対値に対応するということです。

HLG撮影データをHDRモニターで表示してみた

HDR映像は対応するディスプレイでしか表示できないし、印刷よりも再現力が高いので、下の写真はあくまで「このくらい差がある」というイメージ。HLG撮影、HDR対応モニター表示では彩度も高く、ビンの透明感もリアルに再現、非常に立体感のある映像。HLGの映像はSDRモニターでも見ることができるが、当然HDRよりも輝度、彩度は劣る。それでも従来の撮影→SDR表示よりも再現力がある印象だった。

HLG撮影/HDR表示
img_products_dslr_nofear54_02.jpg

HLG撮影/SDR表示
img_products_dslr_nofear54_03.jpg

通常撮影/SDR表示
img_products_dslr_nofear54_04.jpg


PQ方式とHLG

現在、動画HDRは2種類の規格が制定されています。ドルビー社が制定した「PQ(Parceptual Quantizer)」は撮影後のカラーグレーディングと最高12bitの情報量を必要とし、最高輝度10,000cd/m²まで対応します。その再現力は現実と見紛うほど。PQ方式は世界標準として映画や配信動画などで主流になるでしょう。ただしディスプレイが高輝度、広色域に対応している必要があり、ハイビット記録とカラーグレーディングが必須になる「まさにハイグレードならではの厳しい縛り」があります。

NHKとBBCが共同で開発し、電波産業会(ARIB)で標準化された「HLG」は、最高輝度は1,000cd/m²、ビット数も10bitと制限がありますが、現在、多く使われているSDR(HDRという言葉が出てきたため、旧来のディスプレイにつけられた名前)でも表示が可能。全体のデータ量が少ないこと、カラーグレーディングの必要がないことなどから、放送、ライブ中継などで威力を発揮する仕様です。撮影してしまえば。そのままHDR対応ディスプレイでは高い再現性を示し、SDRのディスプレイであればそれに応じた再現と、アウトプットを選ばずに表示できるという魅力があります。

ちなみに「PQ」「HLG」とも色域はBT.2020という広大な色空間を持っています。

PQ(ドルビー社) HLG(NHK/BBC)
コンセプト 最高10,000cd/m²の輝度を持ちHDRの能力を最大限に活かして映画やWEB配信、ブルーレイなどを目指す。人間の視覚特性に非常に近い視覚特性を持つ。 カラーグレーディングなどを必要とせず、撮影時にカーブを当てる方式で、最高輝度も1,000cd/m²に抑えて誰でも扱える。中継、ライブ配信などに最適。これまでよりは視覚特性に近い再現が可能。
ビット数 10bitあるいは12bit 10bit
ピーク輝度 表示するディスプレイの最高輝度に合わせて 変換が必要。 表示装置の最高輝度は問わない。
SDR対応 互換性なし 互換性高い
黒レベル 0.005cd/m²以上 0.005cd/m²以上
問題点 LUTのカーブが強いためハイビットでの運用が求められる。 現時点で日本とイギリスのみの企画。PQへの変換はトーンジャンプが起こる可能性があるため推奨できない。

img_products_dslr_nofear54_01.jpg xy色度図
色域に関してはPQ、HLGともRec.2020。左図のRec.709はsRGBと同等の色域。DCI-P3はカラーフィルムの色域を目指したデジタルシネマの規格。Rec.2020はDCIよりもさらに広く、これはAdobeRGBと比べても広い。


一眼ムービーもHLG対応

GH5、α7R IIIに搭載されたHDR対応の撮影モードはいずれもHLGです。実写してSDRモニターとHDR対応モニターで検証した結果、HDR対応モニターでは1,000cd/m²という最高輝度で、広い色域と高いコントラストを再現してくれました。一方、現状のSDRでも多くは300〜400cd/m²の最高輝度を持っているので、色域を最大にして最高輝度で発光させれば、そこそこリアルな映像を鑑賞することが可能です。

一眼デジタルカメラも4K対応の後は、HDR映像が撮れる4K HLG撮影モード搭載のカメラが増えていくと思われる。

ソニー α7R III
img_products_dslr_nofear54_05.jpg「インスタントHDRワークフローを実現するHLG方式による4K HDR」というカタログ表現で、HLGモードをデフォルト搭載。

パナソニック LUMIX GH5
img_products_dslr_nofear54_06.jpgファームウェアアップデートでHDRモードを追加搭載。「高精細な4K画質と膨大な情報量を有する10bitモードに対応した、HLGによる4K HDR動画記録」とのこと。


モニターの方はカメラに先んじてHDR化が進んでいて、各社HDR対応モニターを発売しているが、下はEIZO CG3145。ちなみにEIZOのサイトの「カラマネ小話 よくわかるHDR徹底解説!HDRとは」はわかりやすいのでお薦め。
www.eizo.co.jp/eizolibrary/color_management/hdr/index.html

EIZO Color Edge PROMINENCE CG3145
img_products_dslr_nofear54_07.jpg
DCI4K対応、最大1,000cd/m²の高輝度、100万:1の高コントラスト比を実現。PQ方式とHLGの両方のガンマに対応するカラーグレーディング用ハイエンドモニター。


HLG規格はハイブリッドゆえに、一概に「この方式が最高!」とは言えないし、将来的にどうなるかは不明。今後、映像ディスプレイがSDRからHDRに切り替わっていけば「ガラパゴス的存在」になるしれませんが、現状、運用面においては「映像表現の時代の変化をつなぐ方式」として、「今すぐに使える魅力的なフォーマット」である事は間違いありません。HLGが一眼レフにも搭載されたことで、ミニマムな映像表現をベースに仕事をしている一眼ユーザーが「早くもHDRによる撮影が可能になりました!」と宣言できるのです。




※この記事はコマーシャル・フォト2018年1月号から転載しています。


鹿野宏 Hiroshi Shikano

デジタルカメラの黎明期からほとんどの一眼レフタイプのデジタルカメラを遍歴。電塾塾長としてデジタルフォトに関する数多くのセミナーを開催。カラーマネージメントセミナーも多い。写真撮影では2億画素の巨大な画像を扱い、2009年から動画撮影をスタート。WEB上の動画、デジタルサイネージ、社内教育用などの「ミニマル動画」を中心に活動している。

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